No.182 神の声に聴き従え 2005.6.26

神の声に聴き従え

   わたしによく聞き従え
   そうすれば、良いものを食べることができ、
   最も豊かな食物で、自分を楽しませることができる。
              (イザヤ55:2)

 この度、秋田キリスト教会の中野渡先生が奥様の香代子先生をご同行で、多大の犠牲を払って九州巡講の旅にお出でくださいました。地図の上で地形を見ればよく分かりますが、この日本列島では秋田県と大分県とは正反対の位置にあって、しかもどうも日本の重要拠点の県のようには見えません。
 しかし、小さいものを選んで大きく用いたもうのは、神様の得意技です。秋田県と大分県にも見込みがあります。特にこの真理を体現なさり、私たちを励まして下さるのが、この中野渡先生です。
 私のちょっとした思い付きで「先生、九州の大分や宮崎に来てくださいよ。開拓で苦労なさっている教会や先生がたを励ましてください」と言ったとたん、先生は一言のもとに「はい、行きます、行きます」とご返事でした。
 私は大喜びで、このお約束を持って帰りましたが、実際にはこうしたプロデュースをしたことがない。私は閉口しましたが、先生も実際に直面すると私を上回って困惑するようで、「先生、7日間も日程を貰って、私は何をすれば良いのでしょう。考えただけでパニックが起こります」とはがきが来ました。
 私はあわてて日程を楽に組んで、「安心してお出でください」とご返事したことです。先生はそこで、奥さんとご一緒に日本列島縦断、自動車を駆って九州にやってきました。別府のホテルに早速本拠を構え、福永先生の佐賀関教会や、永野先生の別府教会にご自分でさっさと行ってしまって、私はお迎えも、お送りも必要ないことになってしまいました。
 私は6月18日に先生ご夫妻が大分に着かれた日、軽い食事をご一緒に食べて、あとは私と先生のマンザイのような会話の連続でしたね。特別集会にお招きする講師として、こんな気を使わないですむ楽な先生はほかにありません。
 「今後も気軽にお招きしますよ。先生、また大分にきて下さい」と、すでに宮崎を終わり、日本海の敦賀からフェリーに乗ろうとする間際、お別れの電話くださった先生に私は言ったものです。
           *
 さて、21日の夜、私どもの教会で先生を講壇にお迎えした時は、私は安心しきって野放図な司会をしましたが、それに応じて先生ものびのびと語ってくださった。その愉快で至極真面目なお話の内容はテープでお聞きください。
 その時のメッセージのテキストは冒頭にあげた聖句を含むイザヤ55:1~3でしたが、中心は「神の声に聴き従え」だったと思います。
 第一は「神の声を聴く」ことです。単に自分で考え出した聖書の言葉の引用ではありません。だからと言って、神秘的な火が降ってくるような異常体験でなくてもよい。
 通常の真面目な聖書、賛美、祈り、告白の礼拝をきちんと守りましょう。そういう信仰の生活のなかで、思いもかけず、神様は直接に私たちの魂に語りかけてくださる。その言葉に「ハイ」と従うのです。
 神の言葉をじかに聞くことと、その言葉に従順に従うこと。これが大事です。
 先生の体験でこんなことがあった。先生の開拓伝道の第一歩で大反対に遇ったことがある。それは常識で考えられないような厳しい迫害でした。迫害する側の人たちに対して、先生は憎しみと怒りが燃え上がった。非は明らかに彼らにあり、自分には神様による正義と真理の確信がある、しかし、神様は聖書の言葉を先生にお示しになった。「あなたを迫害する者のために祝福を祈りなさい」と。
 先生はこの神様の言葉に気分では反抗したけれど、しかし神様の命令にとっさに「ハイ」とお従いした。口では敵なる迫害者たちを祝福する言葉を語ったが、アタマの中は憎しみや腹立たしさや、罵りの言葉で一杯だった。しかし、自分のアタマのごちゃごちゃな思いに関係なく、口先では「赦し、祝福、愛」の言葉を語り続けたというのです。不思議ですね!
 その言葉、つまり告白を続けているうちに、次第に憎しみや怒りが先生の心から消えて行った。そして愛の心、親しみの心が湧いてきたのです。遂には、多数の彼らを心の底から愛している自分を発見したそうです。まさに奇蹟でした。
 努力して、自分の心と反対の言葉を告白するというより、最初に聴いた神の声に思わず従って忍耐できて、自然に告白を続けることができるという不思議な事が起こるのです。
 神様から出るお言葉を聴くと、どんな反対現象が外側に渦巻いても、それを無視して神様のお言葉に従うことができ、そしてそのことが完了するまで待っていることが出来るということです。
 こうして不思議なご体験を、笑わせながら聞かせてくれました。私どもの教会において感激的で楽しい集会でした。佐賀関教会でも別府教会でも、そして宮崎の教会でも多分同様だっただろうと思います。
 何もかもぶちまけて自由に福音を語ってくださった中野渡先生に感謝しつつ、もう一度先生を迎えて幸いな集会を持ちたいと、希望と祈りを主にささげているところです。《く》


小冊子「笑えば必ず幸福になる」に効果あり!
        (群馬県前橋朝祷会・富澤 隆兄より)

 先月の東北の盛岡市で全国朝祷会の大会が開かれました。その席上で地元の世話役である盛岡朝祷会の代表者・鵜丹谷三千代先生(盛岡大教授)の肝入りで私の「笑えば必ず幸福になる」をご配布くださったのでした。
 小生の粗雑な小冊子ですが、意外な反響を頂き、あちこちから共感や実践のご報告を頂いています。
 特に下記にご紹介したのは前橋朝祷会の世話役の富澤兄のご報告です。多少、本紙の読者のために分かりやすいようにと加筆修正した個所もあり、原意を損なわない限りの積りでいますが、失礼の段、同兄にひとえにお赦し乞いたいと思います。(釘宮)
 「私は昭和33年より開業の、云うならばベテランの開業医です。ところが去る6月初旬、自分の風邪が治せないで困っていました。
 そこへ先月、盛岡で行われた全国朝祷会全国大会の資料が前橋朝祷会の世話役である私の所へも送られてきました。
 その資料の中に釘宮先生の『笑えば必ず幸福になる』という小冊子が入っておりました。早速読ませて頂き、さっそく実行しました所、3日目で風邪が治ってしまいました。
 そこで去る6月16日行われた前橋朝祷会で先生の本と私の体験談をご披露しました所、会員の中から『私にも欲しい』という者がおこりまして、71冊の申込みがありました。私も患者様にすすめ、希望者には分けてあげたいと思いますので、150冊お送りしていただきたくお願い申し上げます。
 序でながらと申しては失礼ですが、笑いの電話と説教の電話(*)を聞かせて頂きましたが、こんなに一生懸命で神の福音を伝えて居られることを知って大変力づけられました。」
   *多分「ワッハッハハ元気が出る電話」(097-551-4154)と
     「テレホン聖書」(097-551-0305)のことだと思います。


【福音春秋】 
古い文章を捜して、1985年の週報を見ていたら、この「福音春秋」というコラムがあった。この名前はいいなと思って再採用しました。ここには書きたいことがあった時に書き、書きたいことが無い時には書かないことにする。▼日下公人という人の「道徳という土なくして経済の花は咲かず」という本が出ている。クリスチャンは「人の救われるは律法によらず信仰による」という言葉がきき過ぎて、律法(つまり道徳)をさげすむ傾向があるが、とんでもない、道徳は大切である。特に二宮尊徳風の日本道徳を重んじたい。▼日下さんの言葉を越えて、私は「道徳という土なくして政治も文化も芸術も花咲かず」と言いたいのである。大正期、ダダイズムや低劣な主観主義文学などで不道徳が芸術を造るというようなことを唱えた人もいたが、私はやはり高度な道徳が高度な芸術を生み出すと信じる。まして道徳なくして政治や文化の真実な高揚はあり得ません。▼親が子を殺し、弟が実の兄を殺す。連日の新聞記事です。一般国民の道徳心劣化は見え見えです。JRや航空機の運転不安、こうした問題も現在の日本の政治や文化や社会機能の衰弱に原因があると私は思います。加えて日本列島は地震の続発、これら一切の真因は日本民族の霊的基盤の深い亀裂にあるのではないかと私は思うのです。靖国問題など小手先のことは止めて、今こそ日本民族総福音化の祈りが日本のクリスチャンの間に高揚される必要があります。《く》
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by hioka-wahaha | 2005-06-26 00:00 | 日岡だより
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