私の父と伯父のこと
私の伯父、釘宮徳太郎は大正初年の頃だろうと思いますが、大分市公設市場の場長をしていました。大分市の公務員である訳ですから、あの傲頑な性質の伯父がよく勤まったと思います。後日、商工会議所の専務になった時にも、東京の商工省に行って大臣の執務室に挨拶もせずに入って行ったという噂もあったくらいです。 しかし、その頃、私の父はこの伯父に散々いじめられて、どんなに怨んでも当然のような時期でしたが、父は急激な聖霊体験で信仰に入った時です。 如何なる伯父の迫害にも、ニコニコして悠然と対応する父に伯父はすっかり魅せられて、聖書を読み始めます。そして父の通う教会に行くのは残念なものだから、東京遊学時代に聞いていた内村鑑三先生の無教会主義に没頭します。 その後、彼が出したしろうと作りの伝道雑誌が「日毎の糧」です。公設市場の場長が作る雑誌らしい名前でした。その後、彼は本当に信仰が分かってきます。そこで改題した名前が「十字架の光」です。生活と商売の場で毎日がチャンチャンバラだったと、ある人の批評にあります。 そうした彼が、その後、また改題する題名が「復活」です。彼の信仰の推移がよく分かる題名の変化です。彼は世と一切妥協しませんでした。 彼の妻、私の伯母ですが、その妻が天に召された時には、その葬儀を自宅の広間で自分が司会し、自分で告別の聖書講義をしました。毅然たるものでした。これが私の伯父、尊敬する伯父です。《く》 (以下は1969年10月発行「我ら兄弟」創刊号より) 【日記】2(1969年) 8月24日(日)晴 聖日である。早朝、主より説教主題をたまわる。いわく「われを仰ぎのぞめ、さらば救われん」。これは有名なスポルジョン回心の聖句であるので、参考までに彼の伝記をひもとき、彼の偉大な生涯に感嘆した。されど主よ、汝はスポルジョンを啓発したまいしその同じエネルギーを投じて、この小さき僕を育てたもうのであります。感謝である。 集会は定刻開会。人っ子ひとり来なくても、秒針を見つめるようにして定時カッキリ開会するのは、私の二十年来の習慣である。十数年前、町村会館における伝道集会での妻のほか一人も来会者なく、夫婦二人でおごそかに且つ感謝をもって開会祈祷したことがある。ああいう時の、神気せまる感動は伝道した者でなくては分からない。 本日の集会説教では、不思議な霊感あり、それ程感動しなくてもいい時にも、涙がこもり、不覚にも何度か泣きそうになった。会衆の諸君も同様であったらしい。 閉会後、記念撮影、同勢九人の少人数であるが、これを「小さき群」と思わず、「大いなる群」の一尖兵なりと心得よとは、本日のお示しであったのだ。 午後、釘宮保兄より私の病気につき問合せの電話あり。ご心配ありがとう! されど、傷つきてもなお、前衛の兵士は行くべきなのであります。 * 昨日刈った坊主あたまに加え、今日はむかし愛用していた一灯園風のひっぱりを着た。これを着ると、何となくスッと体が大地にはまりこむみたいに落ちつける気がする。 本日の夕刊を見ると、来年の万国博では、カラヤンやリヒテル等、大物来演で文化の洪水、これらすべてを見たり聞いたりしていたら、それだけで数万円の金がかかる。文化とは何か、現在の文化は消費文化である。キャバレー文化である。ピアノの音より、たくわんをきざむ包丁の音の方が芸術的だと言って西田天香師は芸術家諸君のひんしゅくを買ったことがあるが、しかしやはりその問題の提起は今もなお近代文化の胸もとにアイクチのようにつきつけられているのではないのか、そしてそれら解決をまともにつけようとしない怠惰な老成文化人どもの足もとにフォークゲリラふうの歌声がわきおこってくるのではないのか。 今、あえてひっぱりを着用する私の意図の一つはそのあたりに因を発する。 8月25日(月)晴 心臓病と人はいう。しかし私は至って元気である。私の安否を気づかいK兄来る。私を思う真情に涙ぐむ。私に対する五カ条、ないしは七カ条の評言直言、ありがたくて泣けた。ここまで私を知っていてくれる彼の魂を私は熱愛せざるを得ない。私もこれでいつ死んでもいいと思った。 8月26日(火)晴 昨夜、福島県のK君より来信、病み上がりの弱い体のうえ、田舎で商売はうまくゆかず、多大の借金をかかえ、今月末が瀬戸際とのこと。この九州の果てより、この私なんとして助くべきか、力無きを嘆ず。ともかく祈って手紙をかく。且つ、電報を打つ。 「(我なんじの患難と貧しきを知る……されど汝は富めるものなり)。ナンジノウチナルムゲンノトミニメザメヨ」クギミヤ」 * 終日多忙、されど凛々たり。ある用事でカトリック幼稚園の園長さんと懇談す。ひろい敷地にカトリックらしい清潔な園舎のたたずまい、空気まですがすがしい。それより転じてパルプの悪臭ただよう工場地帯を通りぬけ、火力発電所の構内を歩く。晩夏の空も秋のごとく、つよい日ざしも心なしか涼しい。そこを私は一人祈りつつ行く。 「分け入っても分け入っても青い山」 この山頭火の句がよくわかる。山頭火の如く、我が旅路は山また山の様ならずとも。 8月27日(水) 最近は、不思議に心地よく目がさめる。 「死」を日毎の友のように思い始めてから、心気もさえ、かつ肉体も好調のようである。12時すぎには必ず就寝するのも体のためによいのであろう。以前は、夜半2時、3時でないと寝なかった。祈祷のためならよいが、単なる読書欲(たとえそれが神学書であろうと、聖者の伝記であろうと)のゆえの夜更かしであるから、なおさら悪いのだ。 6時半起床、洗顔は坊主あたまだから、頭の方もいっしょにガリガリあらう、これは肥田春充先生の筆法、もっとも他のことはああいう偉丈夫のするようなことはできない(肥田先生は川合信水翁の弟、在野の哲人また仙人というべきか)。 朝祷、ひとりまだ敷きっぱなしの床の上でいのる。近しい人、はなれし人、去り行きし人、はるかなる恩人、未見の先輩、ビアフラやネパール等の全世界の貧しき人々、また全地に散りて宿れるかくれし聖人たち、それら多くの人を思っていのる。(つづく) (※以上は1969年の文章です。)
by hioka-wahaha
| 2010-03-30 09:35
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