No.424 キリスト教とは何か? 2010.2.21

キリスト教とは何か?

         (ある兄弟に送った手紙です)。
 拝復、今、天理教を勉強しているとありましたが今更、天理教ではないでしょう。あなたにはまだ、キリストの救が分かっていないのですから、仕方ありませんが。天理教は人間は如何に生きるべきかという教えです。そういう意味で人間としての生き方を軽快に教えてくれるのは、生長の家なども同様ですが、「人間本来、罪なし。明るく積極的に生きよう」というのです。人間に根源的にひそむ悪と罪に目を止めないで、楽天思考で生きようというのです。
 キリスト教では、人間が神の子として生きるためには、イエス・キリストを信じて罪を赦され、悪を清められ、聖霊の力を受けて生きなさいと言うのです。クリスチャンが往々にして堅苦しくて暗いのは、罪の救をよく掴めないままに洗礼を受けて力の無いクリスチャンになってしまっているからです。
 イエス・キリストを信じるなら、本当は私のように「ワッハッハハ」と笑って生きられるはずなのですが、多くのクリスチャンはそういう信仰に目を開かれていないのです。
 私は青年時代、私自身、人間の罪の性質、罪の思い、罪の行為を止めることが出来ない、この人間存在の悲劇に触れて、その解決を求め、その驚嘆すべき救いの確信を得たのは、1944年(昭和19年)11月23日の夕刻、午後5時頃のことです。
 その時、イエス様が私の魂に突入してきて私はキリストのものになったのです。そして私は精神の自由を得ました。その時から私の「私はイエス様に救われている。私はキリストのものである」という自覚は一瞬たりとも欠けたことはないのです。これは私個人の自己的決心や思い込みや解決ではなく、確実に聖霊によって与えられた私の信仰です。
 最近の私の「ワッハッハハ、笑って幸福になりましょう」方式で、しばしの仮の幸福感は掴めますが、実は本物の幸福はこれでは掴めません。本物の幸福ではないからです。本物の幸福はイエス・キリストの霊を自分の魂の中心に受けとめて、私は全くイエス・キリストの者になったという確信を掴むまでは、それは不可能なことです。
 これを「回心」と言います。確実な信仰に入るには、この「回心」という魂の峠を越えねばなりません。詳しくは、今のところ新教出版社発行・石原兵永著「回心記」が体験的で分かりやすい、比類の無い本です。お読み下さい。(実は今、残念ながら絶版の由です。キリスト教古書店、東京都千代田区神田神保町・友愛書房に在庫をお問い合わせ下さい。)《く》


(以下は1969年10月発行「我ら兄弟」創刊号より)
われを仰ぎのぞめ、さらば救われん6
                              (1969年8月24日礼拝説教)

 ですから、イエスを死罪に陥れる罪名が、いくら一生懸命になっても見つからない。これは非常に神様のご計画のすばらしいところですね。そしてイエスはこれらの取り調べ中、一言も語られなかった。ピラトの前でもイエスは不思議なほどに何も語られなかったと書いてありますが、この時もたぶんそうでしたでしょう。こういう事は皆さんも人生の秘訣として覚えておくとよい。どれほど不利な証言、誤解を受けてもイエスと同じように黙っているべきです。弁解してもろくな事はない。無駄なことです。イエスはここで何も語られませんでした。
 内村鑑三先生がかつて第一高等学校で天皇陛下の御真影を拝むことを拒否しました。そして非国民といって首になって毎日毎日、ガラスを暴徒の石で破られ、奥さんはそのために神経衰弱になって死んでしまうほどの大迫害を受けた。
 内村先生はあとで矢内原先生に言ったそうですが、あの時、御真影を尊敬はする、しかし神様と思うて崇拝するのではないと断ったんだ、もしあれはただ日本国元首の天皇に尊敬を表する為のみという事がはっきりわかれば私は礼をつくしても良かったのだと。今もそういう心に少しも変わりはないと。
 それを当時言えば、首もつながっただろうし、それほど迫害も無かったと思う。しかし多くの日本中の人が内村はヤソ教の信者であるからして日本の天皇の御真影を礼拝しなかった、彼はけしからん、非国民である、と非難して言う時に、私はとうてい弁解する気になれなかった。この事によって私が地の果てまで行き、日本から国外追放され、親子共々飢え死にしても、私はこの誇りを捨てる事はできないと言ったそうです。これが内村先生です。
 だから弁解しようとすれば、する理由はあったのです。しかし、それをしないで先生は石をもて追われるようにしてとうとう熊本の果てまで逃げてきて、食うや食わずで奥さんを死なしてしまう。その時に内村先生はイエスのこの、ピラトの前で黙して語らなかったところを引用して矢内原先生に説明したと言います。
 そこで大祭司が汝は神の子キリストなるかと問うた時にイエスは待ってましたとばかりに「われはそれなり」私はそうだ! と百雷の声を出して汝らは人の子の全能者の右に座し天の雲に乗って来るのを見るであろうと言って己の性格を喝破した。
 今はこのように捕えられ血もしたたり気息も奄々、今にも死にたえそうな男ではあるけれども、我こそは神の子キリストである、私が天から神の子の栄光をもって雲に乗って来るのを見て驚く時があるぞ、と言ったのです。例えば、私達が病気をして気息奄々、今にも息が絶えそう、誰が見ても駄目な駄目なみじめな状況にあっても、お前はだれであるか、あなたは神の子であるか、あなたはイエスの弟子であるか、と問われたら、「我はそれなり」と我々は言いたいのであります。
 私達がずいぶん弱っている時にも、そういう時にかぎって人からそう言われることがあります。いろんな誤解も受けます。黙っておりましょう。しかし、あなたはそれでもイエスの弟子ですか、と言ったら、そうです! 私はイエスの弟子です、そうしてイエスが再びここに来たりたもう時に私もイエスと同じように見事なる栄光の形に化し、そして私は神の子として雲の上に天界に立つことが出来るでしょう、と言って、胸を張り、胸を叩いて言うことができるような者でありたいのであります。
 私達はそういう人間、そういう新しい人類であります。そういうように恵まれているのであります。いちいち何も好んでこの地上の者に我は神の子と説明し弁解してまわる必要はありません。しかし、イエスが死に値すると断定されたのは、彼が神の子であると言ったからであります。最後にローマの官吏らがイエスをユダヤ人の王と「罪状札」を書いた。ピラトは祭司長の申し入れを聞かずに、ユダヤ人の王と書いた。
 ピラトという男は非常におもしろい男であります。彼はイエスを殺す割りの悪い役目を引き受けましたけれども、ローマ人らしい気概をもって「イエスはユダヤ人の王である」(それはユダヤ人にとってはイエスこそキリストである、イエスこそ本当の神の子であるという公式文書になってしまいます)との罪名状を書いて残した。(つづく)
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by hioka-wahaha | 2010-02-22 03:01 | 日岡だより
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