「新年おめでとうございます」
「新年おめでとうございます」と表題を書きましたものの、本当はこれは先週号に書くべきだったですね。先週は、うっかり「新年の挨拶」を忘れてしまったんです。遅れまして、改めて、「新年おめでとうございます!」 もっとも「新年って、聖書にあったかな?」と考えて、旧約聖書を開いてみると、あった、あった。イスラエルの歴史では「新年」が二つあって、もともとの秋の収穫が終わった後の新年と、捕囚後にはバビロニア暦が入ってきて、春の新年というのもあった、などと言う。これは面白いです。日本でも二つあった。新暦と旧暦。農業をする者たちにとっては旧暦のほうが便利がよかった。 私の家は戦前、肥料屋をしていたので、大分市周辺の農家がお得意だった。旧暦の正月には、やってきた客に、店ではお茶とお餅とお菓子をそろえてふるまう。だが、客は不満げである。「なぜ酒を出さないのか」というわけである。 番頭さんが恐縮して説明する。「へいへい、どうもすみません。私の方は主人がクリスチャンでありましてな、酒は駄目なんです。」 「ああ、そうか。お前とこ死んだ旦那はクリスチャンだった。いい男だったよ。そうだ、そうだ、酒は出さなかったなあ。それでも愉快ないい旦那やったなあ」と笑って、「いいや、いいや、酒はいいよ」となる。この、 死んだ主人というのが私の父だったのである。《く》 (以下は1971年3月発行の「我ら兄弟」No.2より転載) 二号続刊に際し、神の死と再臨 「我ら兄弟」の第一号は一昨年の8月に出した。それ以後、一年半眠っていたわけだ。「雑誌三号」などと言い古された言葉がある。三号どころじゃない。第一号でそのままおしまいになりそうだったのだ。こういうテイタラクはもう20年以上の悪癖。慣れた人なら「またか」と言う。何でも長続きしにくいのは私のくせ。原稿を書いて、雑誌にする頃には、もうイヤになっているのだ。私はかつて、こういう原稿書きを排泄作用に例えた。出す時は気持がいいが、出してしまえばくさくてかなわぬ。 この程度のことを書いて、世に公表する。何の役に立とう。そう思いかけると、どれもこれも破り捨てたくなる。だまって引っ込んでいろ。それが一番いい生き方なんだ。 でもやはり、私という人間のこの思想、この信仰、一通りは聞いてもらいたい。分かってもらいたい。これも根強い欲求である。自分で自惚れているほど、毛色の変わったユニークな思想ではないかもしれぬ。しかし、それかといって、ありきたりの並の品種でもなさそうだ。この頃はやりの、国道沿いで戸板ならべての果実販売。「自家栽培のぶどうだよ。気に入ったら買ってくれ」―――この式でまた「我ら兄弟」を続刊したい。 はっきり言う。私の信仰は正統的キリスト教をはみ出している。異端説を聞くのが怖い人は、私を拒絶しなさい。イエスはユダヤ教の異端で、パウロはエルサレム教会の異端であった。ルターはカトリックの異端だし、内村鑑三は西洋キリスト教の異端であった。他の局面を捉えて言おう。グノーシスにも真理はあったろう。モルモン宗にもユニテリアンにも真理はあったろう。 信仰とは、ある教理を信じることではない。「真実」にふれ、「真実」に密着し、或いは「真実」を求め、「真実」を仰いで生きることだ。「真実」こそ、神である。神とは人間が勝手に作った心像ではない。人間を引きつけ、人間をかりたてる力。人間の中心に住む力。人間をおおう力である。 「神は死んだ」とニーチェは言った。ニーチェは狂死した。しかし、その言葉は預言者のそれのごとく私にひびく。たしかに二十一世紀に神は死ぬであろう。ヨーロッパ人の神も死ぬ。日本人の神も死ぬ。キリスト教徒の神も死ぬ。共産主義者の神も死ぬ。すべての民のすべての神は死ぬ。死なねばならぬ。 キリストの再臨とは、神の死のあとでなければ、実現不可能である。あなたが神であると思うお方は神でない。あなたが神とは信じられない処――東洋的には無と言おうか――に、神の復活がある。それがキリストの再臨である。 すべての存在が――私をふくめて――無意味であった。そのむなしさの自覚が私の胸をむしばむ。そのむなしさの中で、すべての存在の――私をふくめて――存在の意味を再発見する。それが宗教だ。 ニーチェによって宣告され、二十世紀において執行されたかに見える神の死。その死のかなたに神はいる。そういう神でなくては、絶望状況の私には手もつけられまい。そこに、私は「再臨」のパターンを見る。 非神話化的手法にあって聖書をズタズタに切りさいなむ。かくして、神の真実は益々あざやかに浮き彫りされる。しかし、神学者たちよ……あなた方はあまりにも霊のことに無知すぎる。 聖書に忠実であろうとして、聖書をセメントづけにしてしまう。たしかに一点一画も失われずに神の言は保存される。しかし、熱心なる人々よ、あなた方はあまりにも神の自由を知らなすぎる。 そこで、無知無学異邦異端の友よ……我ら兄弟よ…希望と祈りをもって、また歩みつづけよう。 (以上で「我ら兄弟」第二号の転載終了) (以下は1969年10月発行「我ら兄弟」創刊号より) 七転八倒、その中にも得るものあり 「転んでもただでは起きぬ」 これはよほどケチンボな人間を諷刺する諺であろうが、また転じて我らの人生訓として心に銘ずることもできる。 達人はころんだらころんだで、只では起きないのである。名人は負けたら負けたで、只では負けて帰らないのである。 私どもは、こけやすい(こけるとは転ぶの大分方言)、負けやすい無力無知の人間ではあるが、こけても負けてもそのたびに何かを拾ってくる人間になろう。 私は子供の時、ハードル競走がいやであった。それ程高いとも思えないハードルが、いざ走ってみると目の前に波のように高まってきて、こわいのである。これがこわいからと言って走ることをやめてしまえば、もちろんハードルに足をかけて失敗することもない。しかし、思い切ってハードル・コースを走ってみると、必ず一つ二つはハードルを蹴倒してしまう。時には自分もつまづいて転んでしまう。この例でわかるように何ものか、新しいものに挑戦するとき失敗がある。その失敗にこりずに「何くそ」と努力を続行すれば、何ものかを獲得できる―――これが人生の秘訣である。(一九六九・八・一八)
by hioka-wahaha
| 2010-01-12 12:40
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