No.417 神の恵みは天地にあまねし 2010.1.3

神の恵みは天地にあまねし

 「あまねし」とは古文調だが、現代文なら「あまねく」だろう。すみずみまで行き渡る、という意である。「神様の恵みは全天全地に行き渡って居るぞよ」と言う気持ちである。
 以前、主日礼拝の説教題に使った言葉だが、後で少し後悔した。天地という言葉は現代人には軽いのである。
 今の人には「天」はあの「空」に過ぎない。空は地球を取り巻く空気の層である。その向こうに月や太陽や沢山の星があるわけだけれど、それ以上には感覚は伸びないかもしれないから。
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 神様の恵みは天地に充満しているのである。いえ、恵みと言うより権威と言いましょうか。
 そして充満なんぞではない。天地を包み込んで居るのである。
 天地と言っても太陽や銀河系どころではない。私たちが宇宙と言ってきている、この宇宙を包含している大宇宙です。
 この宇宙の外は大暗黒宇宙だという説もありますが、それらの大暗黒宇宙を更に包み込む我らの宇宙外の総宇宙というものを想像してみましょう。(イザヤ書34:4参照)
 極度な壮大な世界が見えてきます。いや、もう見えません。概念的に想像するだけですが、それらの総宇宙と言えども神様がひと吹きすれば吹っ飛ぶのです。消えて無くなります。《く》


(以下は1971年3月発行の「我ら兄弟」No.2より転載)
 
主の囚人
 
 主の囚人という言葉は、パウロの好んで使った用語である。
 これには二重の意味がある。
 主に囚われた人という意味と、
 主を信ずる信仰の故にこの世の権力に囚われの身となっている人という意味と。
 キリストを信じて生涯を敬虔に過ごすものは、必ず迫害にあうだろう、とパウロは言った。形どおり牢屋に入れられずとも、この世から辱められて囚人的生涯をおくることを、殊更のことと思うまいとする初代教会の指導者たちの姿勢がうかがえる。
 私が若い日、大分刑務所から福岡刑務所に移送される時、囚人服を着せられ手錠をはめられ、編み笠をかぶせてくれず、素顔のまま大分駅に連れて行かれた。大分は私の故郷である。その故郷の駅頭に囚人である自分をさらすのはつらい事であった。
 プラットフォームに連れて行かれた時、おそれていた事がおこった。同じ町内のある奥さんが来ているのである。その人は私を見ると、本当に困ったようすで目をふせて、よそを向いた。それは、身にしみる程ありがたい、婦人らしいやさしい心づかいであったが、それにしても私の心は同じ町内に残る母を想い、波立った。しかし、それと同時に、
 「我らは天使の前にも衆人の前にも見せものの如くされている」というパウロの言葉が思い出された。その時の私はまだ、キリストを信じているとは言いがたかったけれども、しかし主の御言葉にいざなわれ、主の御言葉にとらえられて、ついに恥辱の縄目をうけ、駅のプラットフォームの上で衆人の環視の中にいるということに、一種の言うに言えないすがすがしさがあった。
 私はあの時の、感動を忘れまいと思う。

 
信仰の根っこ(ある手紙)
 
 ご職業についてのまどい、もっともなことと存じます。人間の心は、あわれなもので、少々の風にも林の梢のようにゆれます。しかし、梢の端々はゆれても、時には小さい枝は折れることはあっても、根っこはどっしりと大地に根づいています。
 信仰とは、神のお約束に根づいていることであります。風が吹いても、水が流れてきても、根っこと下部株は身じろぎもしないのであります。風で枝がゆれ、梢がさわぎ、葉が散っていくのは、肉体を持った人間としては当然なことであります。それに目をとらわれ、まどわされ、及び腰になり、浮き足だつことはないのです。
 私たちの信仰が、一時手島先生に指導されて、頭でっかちで神経質で厳酷で息のつまりそうだった信仰をすて、自由な解放感を得、また生活の豊かさ、能力、歓喜を得たことは、大いなる祝福でありました。しかし、その反面、自由は懶惰となり、豊かさは肉欲の充足となり、歓喜は偽りの信仰をはらむに至りました。何よりもいけないのは、信仰によって苦難が来る筈はない、神様を信じて悪いことが起こるなら信じない方がまし、信仰は必ず繁栄と平和と健康をきたらせる……などという俗信がわいたことです。
 そして、イエスの御足跡をしたう、完全への熱望、聖さへの希求、神への服従の精神が失せてしまいました。おのが腹を神とし、おのが恥を光栄とする悲しい俗信――それは我らの内側にしのび入ったサタンの毒気の為せるわざであります。そういうサタンの誘惑に対する無防備な心が手島先生の周辺にはあります。「霊的である」ということの美名にかくれて。
 Nさん、困難をおそれまい、欠乏をなげくまい。不如意を悲しむまい。それらのサタンの攻撃に屈従しない力を、主のもとで養おうではありませんか。祈って、主の愛にひたりなさい。その時、いかなる困難も私どもを引き離すことのできない吸引力をもって、主の愛は私どもをとらえてはなさないでしょう。
 
 
 以上は、釘宮義人個人誌「我ら兄弟」第2号よりの転載です。文章は1971年3月頃より以前に書かれたものです。次回で終了します。なお、「我ら兄弟」の第1号が見つかりましたので、第2号が終了後、続けて転載していく予定です。
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by hioka-wahaha | 2010-01-05 17:03 | 日岡だより
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