No.402 「インド途上のキリスト」 2009.9.20

「インド途上のキリスト」

 礼拝室北側の図書紹介机に、表記のスタンレー・ジョーンズの名著「インド途上のキリスト」を載せて置きました。
 スタンレー・ジョーンズはインド宣教に赴いて、心を病み一時アメリカに帰ります。その事情を書いたものを私は読んだ事はありませんが、インド伝道の失敗感というか、敗軍の将のごとく意気消沈してアメリカに帰ったのであるらしいのです。今で言えば、ノイローゼにでもなっていたかと思えます。
 それは、ガンジーの宗教活動の見事さに敗北感を味わい、参ってしまって帰国したのだと聞いたこともあります。
          *
 ガンジーは決してクリスチャンではありません。しかし、彼の生き様はすべてイエス様の教えに忠実でした。ですから、彼は「インドのキリストだ」とインドの新聞などでも謳われたのです。
 スタンレー・ジョーンズにしてみると、ガンジーには到底追いつけない。やりきれなくなって、アメリカに帰ったのではなかったでしょうか。
 スタンレー・ジョーンズは、その後回復して、再びインドに帰りますが、イエス様に従い、そしてガンジーさんをも異教徒なれども、良き先輩として仰ぎつつ伝道したことだろうと思います。その心境がこの本からも伺えるのです。
 彼は戦後、日本を訪れて、東京での集会等、信仰黙想会と言いましょうか、日本アシュラムの運動の一環、ガンジーさんのアシュラム(黙想会)の真似でありましたが、私もその東京でのアシュラムに参加したように覚えています。《く》


(以下は1968年執筆の「主の御名を呼ぼう」の連載です。)
主の御名を呼ぼう 15

          五、
 前節の文章を書いている時重大な転換がおこってきました。それだけに混乱を感じさせる文章になってしまいました。探求しつつ書いている文章、祈りつつ書いている文章としては致し方のないことであります。読者よ、ゴカンベンください。
 さきに、信仰道程の三つの関門のことを書きましたが、あれはあれでよいと思います。一応一般的な道すじであります。しかし、ものごとの真理を把握しその真ずいを追求する境地は、学問であれ、芸術であれ、悪魔の宗教をであれ、似ています。ですから、ああいう、回心とか確信の道を辿っているからといって、それで聖書の信仰として正しいとは言えないのです。「大死一番」にしてもそうです。ただ死ねばよい、そんなものではなさそうです。イエス・キリストにある死、イエス・キリストに合わされたる死、そのような死が必要なのではありますまいか。
 私がこの原稿で(今気づくのですが)最初より忘れていたのは、イエスの愛でありました。そして、私の力で自分で死のう、自分で聖くなろう、新境地を開こう、大先生になろう、ナントカ先生に負けまい、信者さんをうんとふやそう、集会を大きくしよう、そういう思いがどこかに生きていました。決して、それのみとは言えませんけれど、パン種のように小さい思いではありましたけれど、私の中で生きていました。それは正しく我が眠れる間に仇のまきゆきし毒麦でありました。(マタイ第一三章二五)
 今、手許に柘植不知人先生の自叙伝を持っています。このすぐれた神の人の生涯を読んでも私の目には、彼のはなばなしい伝道ぶり、何千人を集めての大聖会、バッタバッタと全会衆をなぎたおすが如き霊的干渉、そういうもののみが映じます。彼がその前に徹底的謙遜、徹底的放棄、徹底的献身を以て主に従ったことを見逃してしまいます。見逃さないまでも、そのあとの霊的高揚、伝道者としての活躍、名声、栄誉のための手段としてしか考えこなせないのです。
 アメリカから入ってくる聖潔指導書の最大の欠陥もこれに似ています。まず、聖潔とか聖霊のみたしとか火のバプテスマとか言って、何人かの実例を以て示し、そのすばらしい生涯を見せびらかして来ます(セールス用語で言えばアプローチ)。そして、そのような体験に入るべき条件を示します。①悔改め ②放棄・献身 ③信頼・待望といったようにその順序も示されます。まるで水泳教室の指導要領書に似ています。
 このようにして、人間側の為すべき事を、めったやたらと聖書の字句を引用しては番号を付して編集し、規則のようなものを作りあげるのは西洋人の悪いくせであります(長所でもありますが)。既に通過したものの反省、自覚のためのメモとして用いられる時には役にも立つが(それが神学というもの)、新しく人を導く手助けにはすこぶる危険であります。
 何故なら、さきに見せつけられた霊的名誉、霊的誇り、霊的富を得ようとして、寝台券売場の前にひしめきあう大衆のように、手をのばし体をわりこませて番号札を取ろうとする。悔改めだの放棄だのが、この番号札のように扱われてしまう。滝浴びしたり、水晶球を見つめたり、徹夜祈祷会をしたりして霊能を求める、異教徒と全く同じであります。
 第二回目の発作のとき、「ともあれ、一度殺してください。お役に立てば生き返らせてください。然らずんばそのまま天に召してください」と祈った意味が、今ようやく分かってきます。
 生のための一手段として死をもって神にせまるのは、一度売った財産の幾分かをのこしておいたサッピラ(使徒行伝第五章一~一一)のように、胸に一物のこして神の前に出るわけですからいけません。
 私はただ、ただ無条件に主の前に死にたい。このまま、印刷屋のおやじさんとして資金や労務管理や得意まわりにやきもきしながら平凡に人生をおくろうと、その事業すらも失敗し、伝道も失敗し、誰にもかえりみられず死んでいってしまおうと、そのままで大幸福であります。感謝でありますと、御旨のなりしことのみを喜ぶ聖徒になりたい、と思います。
 一度、主の前に死んだからには、煮て食おうと焼いて食おうとそちら様の勝手であります。それを「死ぬ、死ぬ」と言いつつ、「死んだあとは、ああしてくれ、こうしてくれ」と欲が残って死にきれずにいる。いい恥さらしであります。さりながら人間としてここらが当然の限界でありましょう。
 このように最後まで死にきれない人間の心を、死なしめるものはイエスの愛であります。私はあのままイエスの愛にすがっておればよかったのです。それを自己愛でもって、かえって神にそむき自分の義をたてようとしました。そこから混乱と迷妄を生じていたのでありましょう。
        六、
 一夜明けまして、七月三十一日となりました。六月末日の聖日集会で「これで勝利の年一九六八年前半をおわります。明日から七月です。この年の後半もまた、勝利におさめようではありませんか」と言った、その七月一日早々、まずY兄弟(会社では営業部長)が交通事故による入院、そして私の発病と多端でありましたこの七月も今日で終わります。何かけじめのつきそうな日であります。ありがたいと思います。(つづく)《く》
 注・文中のできごとは1968年のことです。
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by hioka-wahaha | 2009-09-21 11:05 | 日岡だより
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