No.181 北の教会の報告から―在原繁宣教師より― 2005.6.19

北の教会の報告から           ―在原繁宣教師より―

 先年、青島聖会でしたか、アルゼンチン宣教の在原先生のお話を覚えておられる方がいるでしょうか。このたび、在原先生が日本に帰って居られ、10月まで日本各地に宣教報告の旅を続けられるらしい。その北関東から福島県での日本巡回の報告を拝見したので以下に転載します。アルゼンチン宣教の報告ではなくて、北日本の地方教会活動の報告なんですよ。南日本も斯くあれ! 《く》
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 北関東と福島は神の川が強く流れ続け、主の約束されたリバイバルの時のために、主の群が立て上げられながら、諸教会は成熟を目指して前進中です。
 栃木県地方教会の巡回のために、拠点を提供して下さった烏山教会のM牧師は私の親友中の親友です。因習の強い村社会の町における教会は、午前4時半からの早天祈祷によって結実中です。
 那須塩原の山奥で開拓伝道に従事されるM牧師は50代前半の女性でした。
 この方も「ひざ」で戦いを進める祈りの器。交わりの中でお受けした霊的安息とキリストの香りは宣教師タイプです。アルゼンチンの女性リバイバリストに最も近いのは、このM師だと思いました。勝利確実。
 関根辰雄師は今年76歳。長年にわたり牧会されたI教会を辞職され、山奥の大沢町で開拓を始められたのが、70歳の時。美しい教会堂と質の良いクリスチャン方の姿は関根師の信仰の実です。大定年時代の言葉に縮む中年男性方よ、夢を受け取って立ちあがろう。
 茨城県の結城市の教会名はリバイバル・チャーチで、町と日本の大リバイバルを本気で信じ、老若男女の全員が輝いています。その証拠が毎日実行されている早天祈祷会で、驚くべきことに、この祈祷会に10歳の少女が参加しているのです。美しいガラス張りのこの教会の牧師も50歳代の女性で、霊的パワーは北関東ナンバーワンだと思いました。日本の男性クリスチャンはもっと燃やされて頑張りましょう、ですって、耳が痛いなあ。
 宇都宮市のM教会で開催された諸教会合同の宣教ナイトの集会。3か月に一度開かれているそうですが、宣教に燃える青年男女が多数おられました。栃木県の未来は明るい。
 福島県郡山市にある「キリスト愛の福音教会」に溢れる主の臨在とパワーは格別です。献身者15名を有するこの使徒行伝版教会は「日本」「リバイバル」「郡山」という召命ロゴスを主より受けて、超美しい。隣接する世界宣教センタービルも凄い!
 

絶えざる主との交わり

 「絶えず祈りなさい」(第一テサロニケ5:17)というみ言葉がある。これを正直に厳密に受け取ると、一日24四時間、一瞬も休まず祈りましょう、ということになる。そんなことは人間にできるだろうか。これは聖書のいわば天国的命令なんだ。人間には出来るはずもないよ、と自分で言い訳したくなります。
 ところがこの聖書の命令に完全に従えた人がいます。私が現に地上でその人の証しを聞いたことがある。それは韓国の世界最大の教会を起こされたチョウ・ヨンギ先生、さすがですね。あと、お二人おられまして、お一人は17世紀のフランスのブラザー・ローレンス。もうお一人は19世紀アメリカに生まれフィリッピンで伝道されたフランク・ラバックという宣教師の方です。
 もう一人の人物を紹介します。これは恥ずかしくて発表しにくいのですが、実はなんと、この私、釘宮です。「ヒェーッ?」という疑いの声が起こりそうですが本当です。しかし残念なことに、この経験は1、2年で終りました。その後、泣くようにして「夢よ、もう一度」と求めましたが、一向に掴めないでいます。ともあれ、まず、その私の経験を以下に書きましょう。

   それは突然やって来ました、私の経験

 私がまだ大分県立聾学校に在職中で、その末期の1955年、昭和30年の頃だったと思う。(私はその翌年退職し、独立伝道に踏み切ったのです)。前記の聾学校での午前中の授業を終わり、生徒と一緒に給食を終わって、保護者や寮の寮母さんへの毎日の連絡簿をつけていた時だった。ふと気がついた。その朝、家で起床して、今、学校で父兄連絡簿にペンを走らせている瞬間まで、ずっと私は神様を仰いで祈り続けていたという事実に。
 起床、朝食、自転車で通勤、職員会議、朝礼、午前中の授業、そして給食、こうした事の間、一瞬も絶え間なく神様を仰いで祈り続けていたという自分を顧みて私は驚嘆した。
 私はすでに聾学校教員のかたわら、六年間の無教会風の家庭集会を開いて伝道者として、多少の働きをしていた時期です。
 あのまま過ごしたら私はどんなに素晴らしい人物になっただろうと思うが、残念ながらこの経験は1年か、2年で終わった。
 その後なんとかして、この素晴らしい経験を回復しようと思って努力したけれども、こうした精神状態を自力で維持することは出来なかった。この努力をそのまま持続しようとすればするほど神経衰弱になる外はないと思って、諦めてしまったのです。
 その後、チョウ・ヨンギ先生の証しをお聞きしてビックリした。大阪での聖会だったか、先生は「いつも神様に祈りたいと思って努力した」という。そして、幾度も失敗したが、失敗するたびに、「神様、済みません。また、あなたにお祈りするのを忘れてしまいました」と、お詫びしたそうです。「これを何度も何度も繰り返している内に、やっと常に祈ることが出来はじめました」とおっしゃるのに、私は本当にびっくりしてしまいました。
 聖霊様によって与えられたとしか思えない私の恵みの経験は1、2年で消え失せ、自力の努力で獲得したとおっしゃるチョウ・ヨンギ先生の絶えざる祈りの経験のほうが永続きしているということに私は驚いた。また不審であった。神様に不足の一つも言いたかったのも正直な告白である。この問題は別の機会に研究したいです。チョウ・ヨンギ先生の話題もここまでで割愛します。

   修道士ブラザー・ローレンスのこと

 もう戦前のことですが、青木澄十郎という純福音の先生が居られた。この先生の本の中で、17世紀のフランスの修道士ブラザー・ローレンスという人のことを知ったのである。この人は教育のない、何をさせても不器用な人だったらしい。彼はある時、冬枯れの木の枝に芽が芽吹いているのを見て、そこに神様の御手を感じ、信仰を抱いたという。
 この方が修道院にはいっても修道僧にはなれない、料理方の下働きになって、日々神様をあがめる生活を始めたのである。如何なる時にも、瞬時も忘れることなく主を呼びまつる修練を自分に課した。料理を失敗すれば、「ああ、神様、あなたが居られなければもっとひどい失敗をしたでしょう。あなたが助けてくださってこの程度に終わりました。感謝します」という具合です。かまどで火を燃やす時には、「主よ、地獄の火を避けさせてくださる主よ、感謝します」と心に念じるのであった。
 次第に台所に入ると誰でも主の臨在を感じるようになった。上級の修道僧たちや修道院長さんなどが、彼のもとに来てその臨在経験を聞くようになった。また当時のルイ3世もこの修道院に行啓されて、彼に面会を求めたという。
 彼は料理方であったから、ある時、船に乗って地中海岸のぶどう酒産地にぶどう酒を購入に行ったことがある。その荷を積んで帰りの航路についたとき、海が荒れてぶどう酒の樽が甲板上を転げまわる。それを追って彼も転げまわる始末。彼はびっこであったので、なんとも滑稽な姿になる。それを水夫たちがあざけり笑っていたが、そういう時にも彼の心は非常に平安であったという。それはあたかもミサ(聖餐式)に列している時と些かも心の状態が変わらなかったと、彼は追憶している。
 この方の名は早くより私の記憶に残りました。そして、私もこのような恵みに浴したいものだと願っていました。あの聾学校時代の経験を恵まれた時、即座に私はこのブラザー・ローレンスを思い出して、「ああ、これだ」と神様に感謝したものです。
 このブラザー・ローレンスの文集がある。CLC発行の「敬虔の生涯」をお読みください。カトリックのドン・ボスコ社から出ているのは「主の現存の体験」という題です。著者名はラウレンシオとなっているはず。これはローレンスのフランス語読みでしょうか(実名はニコラス・ヘルマンです)。ドン・ボスコ社の本は削除もなく訳文も正確だと思えますが、カトリック用語が多くて私たちには読みにくいのが難点です。
 ブラザー・ローレンスは1614年に生まれ、1691年に平素と変わらぬ平安と静けさに満たされて召されたとの記録があります。「敬虔の生涯」から要所、要所を以下に抜粋します。原意を損なわない限り多少字句を変更をしました。お赦し乞う。 
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 私たちは何をするにも、すべてのことを主に相談する習慣を作らねばなりません。そのために、神と絶えず語り、自分の心を神に向ける努力をしなければなりません。これは、少し努力することにより、直ちに神の愛がうちに働いて、何の困難もなくその習慣が身についてきます。
 私は自分の仕事が失敗した時には、その過失を神に申し上げて、「私一人でこのことを為すならば失敗するほかはありません。私が失敗するのを防ぎ、よくない所を正して下さるのはあなたです」と申し上げて、以後はその失敗について思い煩いませんでした。
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  (ある人について書かれた書簡から、多分その人の夫人にあてた手紙の一部分ですが)。
 神が彼に与えた苦難が彼にとって良い薬となり、それによって彼が自分の内なる人に目を向けるようにと私は願っています。常に彼のそばにおられる方に、彼が全幅の信頼を寄せられるよう導かれる良い機会となるはずです。できるだけ彼が神を思うことができるように、そして危険な目に会った時こそ、彼が神を思う事が出来るようになって貰いたいものです。
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 神は私たちの魂の奥底にご自身を写し出しておられるのに、私たちはそのお姿を見ようとしないのです。私たちはくだらないことにかまけて神を忘れ、いつも私たちの内におられる王なる方との会話を続ける事を軽んじているのです。
 日頃、信仰によって神が自分の内に居られると、考えるだけでなく、目に写るもの、身の回りで起こる事柄のすべてに、神の存在を感じましょう。目に見える造られた物から目を離して、直ちにそれを造られ創造主に心を向けましょう。
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 神への愛のためには、一本のわらを拾いあげることでも充分です。神のみ心を愛する時、自分自身の意向に関する愛着が取って変えられるものです。心を高く上げて神を仰ぐことを妨げているのは、自己愛の名残りにしか過ぎません。
 ひどい事件を聞いた時、その非道さに呆れるよりは、罪人の犯し得る悪の限度を考えると、もっと悪いことにならなかったことに却って驚くのです。


〔あとがき〕
今週は中野渡先生が九州に見えています。当教会では6月21日午後7時半からの集会です。今日は午前は佐賀関教会、夜は別府のフルゴスペル教会でメッセージされます。23日は宮崎福音教会です。各教会の集会と先生の上に聖霊様の油注ぎを祈ります。▼妻トミはリハビリを受けるため湯布院厚生年金病院にて療養中、経過は順調ですが、意識はまだまだ完全に回復していませんのでお見舞頂いても反応がにぶいと思いますので、ご寛恕ください。この上ともご加祷お願いします。(釘宮生)
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by hioka-wahaha | 2005-06-19 00:00 | 日岡だより
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