No.401 手島郁郎先生のこと 2009.9.13

手島郁郎先生のこと

 先週土曜日、大分市高砂町のオアシスタワーのNHKスタジオホールで催された大分幕屋の「聖書の国から」上映会に行った。実際の内容は手島郁郎先生の記録だとあったからである。
 私は手島先生の風貌に少しでも接したかったからである。日本のキリスト教世界で手島先生に反感を示し拒絶する団体は多いであろうことは、もう分かり切っている。個性の強い先生のことだ、妥協はしない、言いたいことを大胆に言い、反対するものを切って切りまくる。批判される方はたまったものでない。信者が出て行く。その被害も大きい。
 私は特に手島先生に背いて、先生の教団を飛び出し、しかも大分に帰ったら私なりの伝道を続けますと、私としては当然の姿勢を語ったのだが、それを聞いた先生は私を幕屋の陣営に仇なす者と決めつけた。
 そして私の息のかかった信徒一人一人、特に有力メンバーを引っこ抜くべく、腕のよいお弟子さんたちをつかわした。私はごく即近の信徒や、家族だけを手元にかかえて、大分市郊外の地に都落ちするように逃げてきたのである。それが大分市日岡の現在地である。
 収入源を全部棄てて伝道に邁進してきた私が、今更その伝道の成果を棄てて郊外に移住してきても、今後の伝道も生活も、その見込みは毛頭無い。
 老母と妻子を抱えて六人家族、どうして生きて行くか。その術は無い。しかし、私は金は無くても生きてゆくのに、些かの自信はあった。それは早くより一燈園の西田天香さんのもとで、無一物生活の実際を多少とも学んでいたからである。《く》


(以下は1968年執筆の「主の御名を呼ぼう」の連載です。)
主の御名を呼ぼう 14

 先日の日曜の説教で私は信仰の過程を三つの大きな関門にたとえました。
1. 新生(回心・悟り)
2. 勝利の生活(日毎の生活、世に対する勝利)
3. 栄化(多分死後おこるであろう肉体ごっそり霊化される事。あるいは主の再臨の時)
 この三つの関門が、はっきりと区分されて体験される人もあれば、徐々に行われる人もあろう。栄化にしてもエノクやエリヤのように生きたまま死を見ずして天に召される人もある。逆に言えば、死んだらすぐ栄化されるというわけでもなく、「栄化学校」とでもいうか死後の中間霊界もあるように思います。
 1の新生については前述のK君の対話でふれたとおりです。問題は2の勝利の生活にあります。いささかは、栄化の境地といってもいいものが一歩半ふみこんできてくれているような、そういう勝利の生活に突入したい、その突破口に一つの大きな死があると私は予想しているわけなのです。
 信仰生活に死はつきものです。死が生を生むからです。そして信仰は死に始まって死に至る。パウロは「我は日々に死すという」と言いますけれど、日毎の死が日毎の生を生みます。日々おのが十字架をおいて我にしたがえ、とイエスが言います時、日々の勝利の生活は日々の十字架(死)にあると分かります。しかし、大死一番という言葉もありますように、この日々の死が手慣れてくると、だんだん浅薄なものになって、もう一枚皮をめくるとその下に大きな死があろうような予感がしてきます………。
      ×    ×    ×  
 私はここまで書いて、ふとT君のことを思い出しました。彼は某師の指導により、何度か死地を突破した由であります。肺病で血を吐いたり、経済的に無一物になったりしましたが、そのつど、大死一番してつきぬけてきたと伝え聞きます。たしかに彼の様子を見るとそれにふさわしい、根性、ある坐ったもの、確信を感じます。しかし、どうしてもそこに愛や喜びが感じられないのです。試みに彼に聞いたことがあります。
「イエス様とあんたとの関係はどんなふうなの」
「さア」
「あんたの中にイエス様が生きている?」
「それがよう分からん。ぼくの知っているのは、ただ死んで死にきって突破する。その時、神様が何事かなさって不思議に助けてくださるということだけ。ぼくの知っているのはそれだけです。」
 そう答える彼の表情には、これでいいのですというような捨鉢みたいな確信が見えるので、私は黙っていたが、どうにもこうにも少々不満でした。一種の境地を持っていて、それで熱心にやっているのは分かるが、禅ぼこり(?)とでもいうか、それに似たような臭さを感じたのでした(実際、禅の人にはそういうしたり顔の人も多いですね)。
 そこで思う、「大死一番」とはそもそも何ぞ。私はもう一度この文章の最初の処まで引き返し考えなおさないといけないのではないか、何か重大な誤り、道草、見落としをやっているのではないか、そういう不安な気がしてならないのでした。「死ねばよい、死ねばよい」と言っても、その死に方、死ぬ目的に問題がありそうな気がしてきました。
 そう、昨日のK君への話の冒頭に「自我を殺すのではない、自我が死ぬのです」と言ったが、あれはたしかに正しい。然るに、今私が自らを責めつけているのは他でもない。「自我を殺そう、自我を殺そう」ではないか。その誤りはどの辺から始まっているのか。あの第二回目の発作のあと、何となく「枯木龍吟」が分かった気がした。
 今思うと、その時とたんに、職業的(牧師給料はもらわんでもやはり職業的意識と言えましょう)伝道者気分が出て来て、これで何とかやれる、釘宮センセイもう一段ジャンプして、いい伝道ができるぞ!といった自負心、名誉心、拡大欲、が湧いてきたように思います。
 「よっしゃきた、ここで大死一番、一発やったろ」と、新境地を求め始めたのであります。この信仰的境地、霊的境地を求めて一心になるというのが非常に危ないと思うのです。これはどうも、アダムが善悪を知る木の実を食おうとしたのと同じ気分から来ることが多いように思います。
 昨夜K君との話で、彼の奥さんのことにふれたが、彼女はしばしば確信を失い、おろおろし、不安にもなる。そのくせ弱い体も、いそがしい時間も、貧しい財布も、イエス様の愛に燃えて、あらん限り使い切っています。
 伝道せねばならない、人に愛をつくさねばならないと、義務でやっているのではない、内から溢れ出てくる泉のような無為の行為であります。自分の信仰を高い信仰、あつい信仰などとは夢にも思わず、時には自分に果たして信仰などあるのだろうかと心配することもあろうと思いますが、それにもかかわらず、イエス様の愛に燃やされて、たまらなくなって伝道と愛行に励んでいます。
 そこには「大死一番」などという智慧もなければ、構えもありません。ただひたすらなイエスへの随身があります。そういう心境にこそ「死」があるのではないか、と今気づくのでした。(つづく)《く》
 注・文中のできごとは1968年のことです。
[PR]
by hioka-wahaha | 2009-09-15 11:28 | 日岡だより
<< No.402 「インド途上のキ... No.400 気分を切り替えよ... >>