No.396 主の御名を呼ぼう 10 2009.8.9

(一九六八年執筆の「主の御名を呼ぼう」を連載しています。)
主の御名を呼ぼう 10

 英雄ダビデが、馬をたのみとせず戦車をたのみとせず、神エホバをたのみとして大王国を建設したのとは大きな違いであります。
 ところで、そのヒゼキヤのもとに、遠い国バビロンより病気見舞いの使者が来ました。バビロンとはイスラエルの始祖アブラハムが逃れて出て来たところ、遠い遠い国であります。ヒゼキヤは安心して、これに宝物の蔵、金、銀、香料等、家にあるものも国にあるものも何もかも見せたと申します。
 その事をきいてイザヤは言う。
「主は言われる。見よ、すべて汝の家にあるもの、先祖たちがたくわえたもののすべてが、バビロンに運びさられる日がくるであろう、云々」
 ヒゼキヤはよい王でした。預言者イザヤの言葉にもよく従順で、大国アッスリヤを退け、また大病を回復させていただきました。それだけに彼には一種の甘さがあります。信仰とはこんなもんだという、卒業気分があります。そうするといつしか信仰がだらけてくるのです。
 私らが人生の苦難とか、大患に見舞われ、それを主の御手により救われてハレルヤをうたい、ホッとしておりますときに、遠いサタンの本国より手紙と贈り物を持って見舞い客がやって来ます。これをくさいと見抜くのが預言者です。いかに良い王でも、霊的には只人であるヒゼキヤにはそれが分かりません。
 今度の私の大患(注・1968年のできごとです)は私の周りの群に良き結果をもたらしたようであります。特に最近のY君の革心ぶりには涙ぐむものがあります。これらはすべて私のせいではありませんので、私の無力のさらけだされたときより始まった事であります。贈り物―――プレゼントとはそういうものであります。
 このときバビロンの王がおくった贈り物とは何であったのでしょうか。多分宝石であったり香油であったり、そういう天恵の産物であったことでしょう。贈り物は、それ自体は誰が用いようと天与のものは天与のもの、良いものは良いものでありますが、それに添付してくる手紙が大切です。手紙とは、物ではありません。それは意味を持っています。メッセージを持っています。悪人の手紙はそれ以上に深い深いかくされた意図を含んでいます。それがこわいのです。
 ヒゼキヤのもとにおくられて来たバビロン王の手紙は何の変哲もない、やさしさの思いやりの言辞のあふれた外交文書であったことでしょう。ヒゼキヤは嬉しかったのです。有頂天になりました。
「バビロンの王メロダクパラダンは、手紙と贈り物を持たせて使節をヒゼキヤにつかわした。ヒゼキヤは彼らを喜び迎えて、宝物の蔵、金銀、香料、貴重な油および武器倉、ならびにその倉庫にあるすべてのものを彼らに見せた。家にあるものも、国にあるものも、ヒゼキヤが彼らに見せないものは何もなかった。」
 とあるとおりです。
 「こわいのは当面の敵アッスリヤやエジプトではない。腫れ物を生じる激しい痛みの病気でもない。汝が夢のように遠い国のように思っているバビロンであるんだぞ。」(これは歴史的にはエレミヤの時に民族大俘囚の恥辱をうける預言であり、またヨハネ黙示録に見られる霊的バビロンの潜在的国力への警鐘でもあります)とイザヤは言うのですね。この事がヒゼキヤには分からない。
 今度の私の大患後、すべての事態、人心の革新一切が私にとり夢の如くでありました。それは伝道者釘宮義人に対する天与のプレゼントでありました。私は、これにより益々はげんで主と主の民の為に尽くすべきでありました。しかし、人間とはヘンなもので、現実にはこんなときに、ホッとして、これでもういいのだ、我が版図も我が体も何とか安泰である。何とかこのまま、死ぬまで平和ですごせればいい、などというくらいの事しか考えない。この時、イザヤに叱られて、ヒゼキヤは言った。
 「あなたが言われた主の言葉は結構です」
 この言葉の真意は、ヒゼキヤは「せめて自分の生きている間、平和と安全があれば良いことではなかろうか」と思ったからだと聖書は書いてある。
日本の総理大臣もそのくらいのところでしょうか。ともあれ名君ヒゼキヤにしてはバカなことを言ったものです。バカなことを言ったものだと歴史上の人物だから笑っておれるが、さて己が事となるとどうか。
 私も今度の病気のあと、不思議な平安がやってきました。第二回の発作の中で、
「死ぬべくんば、主よ今死なん。この駄目な人間はもうここで殺してください。もし主の御意に於てもう一度使おうと仰有れば、生き返らせてください。もし、もうこういう人間は不要だと言うのなら、ここで殺したまま天国(最低の天でしょうけれども)に送ってください。生くるも死ぬるも主の御旨のままです。」
 と祈ったものです。そのときから、私の魂に、外面的急迫した激しい情態にもかかわらず、湖水の底に沈む大岩石のような平安が生じたのです。
 発作がおわり、体が快方にむかいかける頃になっても、いやその後十日ほどたつ今になっても、その平安は失せません。その頃のメモを拾うと、
「死者まず活くべし」
「人間の無力こそ、神の始動点」
「人の力、肉の力を度外視せよ。神の力にのみよりたのめ」
「―――自今、死にたるものの如く生くべし。名づけて死者活人という。枯木龍吟、朽骨乱舞して死の谷に光をみたす。」
「谷の百合か、シャロンの花か
岸に生うるあしか
風にそよぎ、雨に打たれ、泥にまみるる如くに
力うせて、智慧も意地も、絶え果てしこの身に
神の愛のしげくそそぎ、死にたるものを活かす 不思議なる生命よ
その生命に生きる この不思議なる我が身よ」
(これは当時の即興詩曲でして、その大要のみ、曲はY君へのテープに録音してみた。それも最初の私の唇をついてでた瑞々しい霊唱には全く及びもつかないが、じかに聞いたのはKさんのみである)
 以上のように、一個の平安があり、しかも体がややに平常に復してくると、人間はバカなもので、ゆるみが出てき、傲慢さえ生まれてくる、それがこわい。
 しかし、正直に言って、私はもう以前の私ではない。人間の智慧、気力、はったり、カモフラージュで、演出さえまじえてやる集会はもうできない。これまでは、少々祈っていなくても、霊的充満がなくても、何とか人力でもってごまかしてやってこれた。しかし、もうだめだ。
 ここで私の魂は、ペタリンコと座りこんで、どうにでもなれ、主よ、あなたがやってください。私は無力です、とすてばちになって無為にすごそうとする。それが平安だと思いこもうとする。与えられし平安を却って怠惰、無為、無気力の為の盾にしようとする。そしてこの「平安」のプレゼントの傍らに、いつの間にか「手紙」がついている。(つづく)
(この文章は1968年に書かれたものです。)
 
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by hioka-wahaha | 2009-08-10 11:52 | 日岡だより
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