(1968年執筆の「主の御名を呼ぼう」を連載しています。)
主の御名を呼ぼう 7 確かさは、私にあるようにあって実はない。それが直覚というものである。私が赤と言い、彼も赤と言う。そして、赤と呼んで同じチューブの絵の具を取るとき、彼の直覚と私の直覚とは同じらしいけれども、しかし、もっと突き込んで言えば、彼の感じている赤と、私の感じている赤とまったく同じなのであろうか、そのへんが恐ろしい。 私が中学二年生頃であったと思う。哲学入門という本があって、それに書いてある。ここに四角な箱があり、人も四角と言い、私も四角と思う。見てもさわっても四角であるが、本当は三角なのだという事はあるまいか、というのである。全く私はドキンとしたことを覚えている。 (戦争中、大東亜戦争は聖戦であると人も言い我も思っていたが、やがてそうではないと思い知らされる。昔、太陽が地球のまわりをまわっていると思っていたがそうではないとわかってきた。物質は固い密着したものと人も我も思っていたが、原子物理学者に聞くと過疎も過疎、一メートルおきの針金の窓を風がふきぬけるような過疎ぶり、これでは、復活体のイエスが壁をつきぬけて部屋に入ってくるのは当然である。) このような内省が始まると、疑問はとどまる処を知らず、デカルトの言うように「我思うゆえに我あり」という最後の点まで追いつめられてしまう。単なる認識論であれば、それでもよいわけで、その「我思うゆえに我あり」を足場にして、また思案のヨリを元に戻していける。しかし、倫理や信仰の世界では、その「我」の存亡が問われるのである。これはきつい。 だから、私が「イエスを主と呼び」、私の魂がイエスの真実を直覚していると信じていても、それが果たして真なりや、妄なりや、それを保証するものはない。 その時、帰っていける言葉は二つ。 「イエス・キリストの(所有格)信仰によりて救われる(ガラテヤ書第二章一六)」 「我らの頼りて救わるべき名を賜いしなり(使徒行伝第四章一二)」 恩寵をもって賜りし御名を呼び求めるのみである。その呼びまつるお方のご信仰が私を救うのである。「詮ずるところ愚身が信心におきてはかくのごとし。このうえは信じ奉らんとも、又すてんとも、面々のお勝手なり(親鸞)」と、私もまた言うのみである。 大磁性を帯びよ 鉄棒に磁気を帯びさせると、自分の重量の十二倍もの重さのものを引きつけて持ち上げることができます。しかし、磁気を抜くとピン一本だって引きつけることはできないのです。同じように、人間にも二つのタイプがあって、一つは言わば磁気を帯びた人―――自信と信念にあふれている人、こういう人には生まれながらにして勝利と成功がついてまわるかのように見えます。そういう人がいる反面、もう一つのタイプの人間、それは磁気の抜けた人です。こういう人は不安と恐怖のかたまりでして、する事なす事失敗と挫折の連続です。ときには良い事があっても、これは何かの偶然だろう、次にはもっと悪い事が起こるかもしれぬなどと心配しています。 もう一つの面で磁石について言われることは、永久磁石のように内に磁力を包蔵しているもの、電気コイルで一時的に何万ボルトの磁力線を出すものの二つがある、ということです。私は特にこの後者にサタン的なものを感じます。ヒットラーなどが持っていた人間魅力などはさしずめこの悪魔コイルの充電による能力ではなかったでしょうか。 同じ電磁性でも、セルロイドの板をこすると紙片がくっつくというのはちょっと違うようですね。たとえば印刷工場では、紙にこの電気がおこってよく困るものです。これは静電気と言って、あの鉄や銅だけを吸いつける磁性とは異なるようです。何万ボルトの電磁石でも紙切れ一枚吸い上げることはできません。ところが静電気は髪を逆立たせ、布を吸い寄せます。同じようにサタンの大磁力は金や欲のある処で大威力を発揮しますが、幼児の指一本うごかすことはできません。 神の側から来る電気は静電気に似ています。これははじめ人が神に造られた時より内に持っている神の霊でありますが、普通紙や化学せんいなどに潜伏している静電気のようにまだまだ至って弱いのであります。これがサタンの蛇にぐるぐる巻きにサタンコイルされて、通電されると、静電気の磁性はどこへやら追いやられて、大魔性を発揮する異能者となります。 私たち求道者がカリスマを求めてあえぐ時に、このサタンコイルにぐるぐる巻きにされないよう気をつけてください。サタンの霊は何万ボルトの威力を発揮していかなる秘法めいた事をやろうとも、人の良心の一片をも吸いつける事はできないのです。 しかし大いに求むべきことは、神の霊の大コイルに身をゆだねる事であります。神の磁力に満たされて、すべての良きものを持ち上げる大磁性の人になりたいものであります。(四三・七・二三) 毒薬となるともいとわず 今、私は病床にある。(もう病気は治っているみたいであるが、どういう具合か、まだ入院している。まゆの中にいるサナギに似て、時が来ぬことには出るに出られず、思い惑っている状況である。)閑暇を得る。そこで、幸いにも碧巌録を読む。漢文であるから、なかなかむつかしい。頭をひねりまわして読む。しかし、こういう文章は余り親切な参考書を手にして読むものではない。読書百編意自ら通ずとか、眼光紙背に徹すとかいう読み方をしなければこういう文章の本意は分からない。もし読みとった意味が世に流布する一般の解釈や、大学者大師匠の言う処と違っていても恐るるに足らない。「彼は彼、我は我」である。 碧巌録第四十則南泉一株花を読む。曰く、「昔、陸恆というお弟子さんが南泉禅師を訪ねた。陸恆は南泉の古い弟子であった。話のついでに聞いた。 <かつて肇法禅師が言ったそうです、天地と我と同根、万物と我と一体と。何と奇怪千万な言葉じゃありませんか> と。(奇怪千万などというのは多分禅の人の逆説的用語で、何とすばらしい言葉じゃありませんか、ということなのであろう。)その時、南泉は陸恆を召して言った、 <庭のあの花をごらん。世間の人の、あの一株の花を見るとき、ちょうど夢を見ているようなんだ> 」 本文はそこで終わっているのであるが、南泉はそこでニヤリと陸恆を見て、「さて、お前さんはどうかな」と言ったことであろう。宗教を、言葉のいじりまわし、理窟のつけかえ、気分の持ちようくらいに心得ていると、この陸恆のように、先輩大師の千金の言葉を軽く分かった分かったと言って、したり顔で先生に対し質問の形を取って、悟りの見せびらかしをやる。(つづく) ※「日岡だより」が毎週郵送されていたのに、この7/19発行号から来なくなった、という方をご存知でしたらおしらせ下さい。
by hioka-wahaha
| 2009-07-21 07:06
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