No.795 《聖書のことば》信仰生活を建て上げる為に/聖句暗記のおすすめ(5)/ 神の救出作戦 2017.4.9

《聖書のことば》聖書暗記コースA~5 
信仰生活を建て上げる為に

みことば「聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である」(第二テモテ三・16)
 
 聖書の第一の目的は、「キリストについて証しする」ことにあると思います(ヨハネ五・39)。キリストという土台を抜きにしては、いくら善行愛業をはげんでも砂の上の家のように倒れ流される日が必ず来るのであります。
 しかし、キリストの証しが、あなたの霊に植えつけられているのなら、その上に健全な信 仰 生 活(クリスチャンライフ)を建て上げることができます。その時に必要な最大の設計書と手引書は、やはり神の霊感の書、聖書なのであります。
(1980.5.4週報「キリストの福音」より)


聖句暗記のおすすめ(5)

 朝晩十分間、全身全霊で練習しよう。
 先週、礼拝のとき、証詞の時間にS姉が詩篇第一三九篇の暗唱をした。立木稠子さん主宰の心理音声学研究会でやっているパントマイムの訓練の成果で、みごとな手振り身振りつきの朗々たる暗誦である。前にも書いたが、この手振り身振りが良いのです。これは余分な負担になるどころか、かえって早く印象ぶかく覚えられるはずです。へたでよい、自由発想の身振りでよい、霊舞でもやるつもりで試みて下さい。もう一つ大事なことは、声。細々と遠慮した声でなく、堂々と腹の底から出る声で、朗々と練習して下さい。
 聖句暗記のために、夜寝る前に十分間、朝おきた時にもう一度十分間、時間を取って下さい。この間は精神を集中して下さい。精神集中ということは、ことばだけ聞くとむつかしく感じますが、具体的に実行すればかんたんです。要するに、聖句カードを手にした時、その聖句の意味を一句一句よく考え、味わいましょう。そして、目は文字を見る、指はその文字を追う。声を出して読み、その声を耳は聞く。その時、体をはずませ、首も振るようにしてリズムを取るのです。こうしてあなたの肉体、精神のすべてを使って覚えようと、心を方向づけるのです。実行してみて下さい。
 (1980.5.4週報「キリストの福音」より)


神の救出作戦
   ──カーター大統領への進言──
 
「そこで、イエスは、神のみまえにあわれみ深い忠実な大祭司となって、民の罪をあがなうために、あらゆる点において兄弟たちと同じようにならねばならなかった」(ヘブル二・17)
 昨日(四月二六日)の新聞によれば、アメリカがイランにおける人質救出作戦に失敗した、という大変衝撃的なニュースがありました。私は、こういう時、すぐ信仰的な事を考えてしまいます。
「さよう、このように、相当に訓練したはずの大国の軍隊でも失敗してしまう。しかし、神様は何事でも決して失敗なさらない」
 私たち人間は悪魔の手中に捕えられ、あたかも人質のごとく罪の中に呻吟していたが、神はその救出作戦に成功されたのだ。聖書はヘブル三・一七で「罪をあがなう」と書いてありますが、このあがなうという言葉は、ドレイを買いもどし捕虜を奪還するという言葉です。サタン(悪魔)のドレイであり捕虜であった私たちを救出するために、イエスは私たちと同じ姿となり傷を負われ、命をすて、地獄にまで侵入して、あらためて復活され(死の大王であるサタンに勝ったのです)天にがいせんされた。こうして、私たちはサタンの手中より解放されたのです。
 さて、そこで私はしろうとでありますが、声が届くならカーターさんにこう言いたいのです。
 カーターさん、大統領の地位はもう捨てる覚悟でいなさい。後事は、副大統領なり、政敵ケネディやリーガンさんにまかせて、あなては単身イランにとびなさい。人質の身代りになって、まず人質を解放させなさい。武器も護衛もつけず丸腰でホメイニやイランのトップに会いなさい。殺されれば殺されてもいいと覚悟しなさい。真実と愛をもって交渉しなさい。対イラン政策における、これまでのアメリカの罪も、あなたの正直に感じるまま(おどされ、妥協してではない)告白しなさい。かつて、チェンバレン英首相がヒトラー相手に人のいい交渉をしてウカウカと失敗した、あんな二の舞をする必要はない。アメリカの国益と世界の平和の為に充分腰の強い外交をしなさい。勝利しなさい。
 今あなたに必要な事は、この最大の非常事態にあたって、イエスのように十字架を自分の身に負い、罪人と同じ姿になって捕らわれの身となり、おのれの民を救い、命を捨てて敵に当ることです。
 カーターさん、あなたはすばらしいクリスチャンだそうです。私の言う処が分ってくれると思います。(一九八〇・四・二七テレホン聖書より 釘宮義人)
 (1980.5.4週報「キリストの福音」より)


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# by hioka-wahaha | 2017-04-21 19:57 | 日岡だより

No.794 《聖書のことば》御ことばを貯えよ!/聖句暗記のおすすめ(4)/私の信仰記(4)入る息に、呼く息に 2017.4.2

《聖書のことば》聖書暗記コースA~4 
御ことばを貯(たくわ)えよ!

キリストへの服従「わたしのいましめを心にいだいてこれを守る者は、わたしを愛する者である。わたしを愛する者は、わたしの父に愛されるであろう。わたしもその人を愛し、その人にわたし自身をあらわすであろう」(ヨハネによる福音書一四・21)
 
 子はだれでも父を愛します。それが本性というものです。しかし、父の言葉を聞かず、これを守らないものは、しだいに父を遠ざかり、父を愛することが苦しくなります。そして本来愛すべき父もにくらしく思え、父の愛は又かえって怒りに見えてきます。
 キリストの言葉を聞き、これを心に貯えなさい(コロサイ三・16)。御言はこうじ菌のように発酵して、あなたの心を変えます。
(1980.4.27週報「キリストの福音」より)


聖句暗記のおすすめ(4)

 心を変えよ
 記憶力のことについて、もう一つ言いそえます。これまで記憶力が悪いと思っていた人の多くは、記憶することを大儀なことだと思って、記憶しようとする意志を投げすてていたにすぎないのです。悔い改めて(心の向きをかえる)、「必ず覚えよう」と心の態度をかえなさい。祈って喜んで、記憶カードに向いなさい。決して、大変容易であるとは保証しませんが、案外たやすく覚えられるものです。
 聖句暗記は神のご命令である。
 申命記六・六を見て下さい。「きょう、わたしがあなたに命じるこれらの言葉をあなたの心に留め」。新改訳では「……あなたの心に刻みなさい」。つづく同章七節、八節では、これらの御言を子どもに教え込み、家でも道でも唱えなさい。これをしるして手にむすび、額におき、門や柱にしるしなさい、などと念には念を入れて、教えてくれています。
 聖句を暗記することは、神様の御心であり、命令であります。そして、その暗記するための方法(心に刻み、教え、口に唱え、手にカード、壁や柱に聖句色紙等)さえ具体的に教えてくれているのです。
 (1980.4.27週報「キリストの福音」より)


入る息に、呼く息に
――私の信仰記(4)―― 
釘宮義人 
 
 昭和一九年二月、私は大分刑務所より福岡刑務所へ押送(当時の行刑用語)されました。大分検事局で、「お前のような非国民は刑務所に送って使い殺してやる」と検事にどなられましたが、いよいよその本番の刑務所行きでしょうか(大分の刑務所は当時は小さくて、仮収容所という感じでした)。
 青色の囚人服(獄中では普通赤着物です。外に出る時は青着物をくれます。青色の方が、少しは位が上なのです)を着て、顔を寒風にさらして、生れ故郷の大分駅のプラットホームに立つことは、さすがにつらい事でした。たまたま、同町内で顔見知りの婦人がホームにいて、刑縄につながれている私を見て見るに忍びなかったのでしょう。顔をそむけてくれました。
 しかし、汽車に乗って連れられていく囚人の心は、存外恥かしさも忘れて嬉しいものであります。それ程外の様子がなつかしいのです。一つには、囚人というドン底の位置に据えられると、人間は居なおったように腰もすわるという事ですね。パウロの言う「キリストの囚人」という時、どこかそれに似た感慨があると思います。
 さて、福岡の刑務所にきた私は、本来厳正独居房に入れられるべきだったんでしょうが、一時あやまって雑居房(囚人が八人から十数名くらい収容されている)に入れられ、そこから昼間は工場に行く(刑務所用語で、おりる、という)のです。工場では、最初軍用の落下傘に使うズック地の袋縫い、次に飛行機製造用のジュラルミンのナットの修正作業でした。作業台のそばに立って、今にも崩れおちてヘタヘタと坐りこみそうな、空腹と衰弱の故に、私は目も舞いそうでした。
 私はその時、橋本鑑という牧師の「福音的称名序説」という本を思い出しました。それは仏教の念仏のように「インマヌエル・アーメン」と主の御名を呼び求めるという、とてつもない教えでした。私は後年、一燈園に行って、そこの鈴木八重造さんに会って、当初橋本先生が、その「称名的キリスト信仰」に入るきっかけになった人物の事などを聞きました。ともかく、私は監視のきびしい行刑工場の中で一瞬一瞬吸う息にキリストを念じ、呼く息に御名を呼びました。そのようにして一ヶ月ほどした時、担当看守が私を呼びました。
 「お前は変っとるのう、今日から役付にしてやる」
 雑役囚をとびこえて平の囚人の人事(?)を看守が扱うのは珍しい事です。ともあれこうして、私は役付(食事がふえる役得あり)になったのでした。
 (1980.4.27週報「キリストの福音」より)
 


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# by hioka-wahaha | 2017-04-14 15:01 | 日岡だより

No.793 《聖書のことば》献身/聖句暗記のおすすめ(3)/私の信仰記(3)窮地に徹する 2017.03.26

《聖書のことば》聖書暗記コースA~3 
献身

キリストへの服従「兄弟たちよ。そういうわけで、神のあわれみによってあなたがたに勧める。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき霊的な礼拝である」
(ローマ人への手紙一二・1)
 
 礼拝のプログラムに献金という時間がある。これは本当は、「献身」とすべき所ではないかと、よく思う。お金を献げさえすればそれで良い、というものではない。真の礼拝は、この生きた体を神に供えることにある。
 パウロの手紙、この文章の冒頭、原文ではパラカロー(勧告する)!、強い言葉です。信者になった者に対する、パウロの真剣なアッピール(英訳)なのであります。
(1980.4.20週報「キリストの福音」より)


聖句暗記のおすすめ(3)

 自信をもて
 記憶力が無いということに自信のつよい人が多い。案外、小学校時代に九九の掛算や漢字の学習に難渋したなどという経験が、そういう記憶不安を生み出している事が多いのです。記憶するには記憶するためのコツがあります。映像法や歌誦法はいい例です。映像法は今、ベテル聖研でやっていますね。歌誦法の好見本は掛算の九九(世界に類を見ない日本独得のもの?)や、鉄道唱歌の曲で歌う聖書名目づくし等です。
 筋肉を使うことにしろ(すべて技術は筋肉のわざである)、頭脳を使うことにしろ(すべての技術は脳のわざである)、そのコツは案外簡単だからして人づてに習得するのが得策です。しかし、その基本に最大に必要なのが自信です。聖書→「信ずる者には、すべてが可能である」(マルコ九・23英訳)。わたしたちは「わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる」(ピリピ四・13)。
 つけ加えたいのが攻撃精神です。天国でさえも激しく攻めるものが、これを奪うのです(マタイ一一・12)。さあ聖句暗唱に取りくみましょう。激しく熱心に取りくむと自信もまた、湧いてきます。
(1980.4.20週報「キリストの福音」より)


窮地に徹する
――私の信仰記(3)――
 釘宮義人 
 
 昭和一八年一二月の中頃、私は警察より大分刑務所の未決監に移されました。さっそく木綿の囚人服、いわゆる赤着物を着せられました。すぐに、母が面会に来ました。その翌日、母からの差し入れで、かすりの着物が届きました。ところが、その着物というのが、うすい肌着と、ひとえの着物と羽織です。母は多分あの赤着物の上に、かすりを重ねて着ればいい、と思ったのでしょう。しかし、看守はそうはさせてくれないのです。規則か意地悪か知らぬが、これまでの官のものは全部脱ぐのだと言います。母からの着物の差し入れで、やれ嬉しや、思ったのが、とんでもない。看守からせきたてられて、あわてて着かえて、監房でひとりホッとして座ったトタン、寒気に身ぶるいして、私は「大変なことになった」と気づいたのです。木綿の洗いさらしの官衣の方が余程あたたかかったのです。
 十二月の寒さ。空気抜けから雪のふりこむ監房に、勿論火の気はない。おまけに、私の体は長い留置場生活のおかげで衰えきっている。気をゆるめたら、いっぺんに風邪をひいてしまうでしょう。夜、寝ている間も、たとえ眠っていても一瞬も気をぬかれません。二十四時間、緊張をつづけて私は寒さと戦いました。二、三日して、母はこの事を知って驚き、あわてて下着や丹前などをもって来ました。そのあたたかい衣類にくるまって、極楽に行ったような気分になったことを、今でも忘れる事は出来ません。ガンバリズムのきく人には何でもない事かもしれませんが、生来体が弱く、おまけに母に甘やかされて育って、柔弱であった私には貴重な経験でした。
 同じ頃、奥歯の大臼歯がムシ歯で痛み出し、看守に訴えるけれども、
「非国民のくせに、何をぜいたく言っているんだ。第一ムシ歯ぐらいで、死にはせん」
 相手にしてくれません。ああ、これはもうあごの骨までくさってしまうまでは取りあってくれないな。それまでは二年でも三年でも歯の痛みはガマンするより仕方ないな。そう覚悟したら、その晩ぐっすり眠ってしまい、翌朝少しも痛みません。その歯は大きな穴をあけて、ついこの前まで私の口の中にありました。
 人間は逃げ場の無い所に押しつめられると、徹しきるほかありません。そして窮地に徹するということは信仰に入る手前の最も良い訓練の学校であります。
 少年時代、軟弱に育った私には、信仰の事は抜きにしても非常によい鍛錬の場所であった事はたしかです。
 (1980.4.20週報「キリストの福音」より)



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# by hioka-wahaha | 2017-03-31 23:00 | 日岡だより