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信仰では無くて御信心
日本の浄土真宗では信仰とは言わないで、信心と言っているように思う。もっと突き詰めて言えば、信徒さん方の間では「御信心」と言っているのではないか。 信仰という言葉には、なにか当方から思い詰めて意図的に「信じ抜く」というような力学を感じるが、 真宗信徒の方々の「御信心」という言葉からは、佛さんの方から頂いた有り難い、有り難い「信仰心」というような味わいを感じることが出来る。 これは親鸞さん以降の浄土真宗のすぐれた言葉ではないかな、と思う。 さてここで、この「信仰心」についての神髄を改めて私たちのキリスト教においての理解の仕方を解いてみたい。聖書を開いてみよう。 ガラテヤ人への手紙第2章16節には、「しかし、人は律法の行いによっては義と認められず、ただキリストを信じる信仰によって認められる」とある。 この「キリストを信じる信仰によって」という箇所は実は原文に忠実に訳すと「キリストが所有される信仰によって」となるのである。だから私たちが義と認められる信仰は私たちがイエス・キリストを信じる信仰ではなくて、イエス・キリスト様ご自身が持って居られるイエス・キリスト様の信仰なのです。 イエス様が十字架にかかられ、ひとたびお死になされて陰府に下られた時、イエス様は全人類の罪を背負って地獄のどん底まで行かれ、そこから逆転、地上に帰り、天にまで向かって復活される大飛躍、それはご自身を信じるクリスチャンたち全員を引き抱えて一斉に天にまで送り届けようという信仰です。 この確かなイエス様のご自身の信仰を私たちのものとして頂いて、あたかも私たち自身の信仰の如く確信して、義と認められ、義とされ、正に義人として天に迎えられるということ、これが私たちの救いです。《く》 石油危機について 「田中首相は、社会経済国民会議の設立総会のあいさつで石油危機問題にふれ『〝消費は美徳〟の名のもとに国民の暮らしに定着した使い捨てを見直し、資源のむだ遣いを排除し、節約型の生活に移行する』よう訴えた。田中さんがいうまでもなく国民もその必要を痛感し始めており、そのこと自体に反対はないだろう。だが、田中さんがそう訴えることに抵抗を感ずる国民も少なくはないに違いない。」 これはある新聞のコラムに出ていた一節である。石油について中東依存度の高い我が国の国民生活の危険については、私は内々いつも提言しつづけてきた。二十年ほど前、世間は石油コンロ全盛、デパートにプロパンガスがはじめて出た頃からであった。 何でも十年も二十年も早めに言い出すと、奇人か衒学派に見えるもので、かっては私もそのように見られたことと思う。 石油節約運動等なにを今さらと思う。乏しくなって、困りきるようになって初めてモノを辛抱し始める――― 何という見識の無さ! 昔、仏僧が山中のせせらぎでひしゃく一杯の水も「勿体なや」と拝んで飲み、余った水をそばの草木にかけてやった。そういう心情からくる節約でなくてはいけないのだ。 そういう精神がこの祖国におこってほしい。これは万物ひとしく我らの分身である、というような「万物同胞」の精神が根底にないと不可能のことである。 それはさておき、私の「あまのじゃく」精神を発動させて言いそえると、消費の中にのみ育つ文化――― それは妖しげなカイン文化であるが――― それでも文化は文化、無きにまさる文化だ。そのような文化性はたしかに物量の豊かさの上に築かれる事実にも目を閉じることはできない。 ただいたずらに「物質文明」を攻撃するのも(新聞投稿欄に見る限り)熊さん八さん流で、些か能の足りぬ感じがする。 そういう「物質文明、軽薄なぜいたく文化」であっても、それは少なくとも一国、一民族の独立性維持というか、他国の軍事力支配に対する抵抗というか、占領軍排除能力というか、そういう「力」になることはたしかである。 文明の低い国が、文明の高い民族を支配することはできない。もし無理じいに支配していると、いつの間にか植民地の方が本国よりもぜいたくをし、本国の優秀人間がゾクゾクと植民地に流出してしまう。 そして本国が植民地に組み込まれてしまう。そういう事がおこるのである。 だから舶来品でも何でもかまわぬ、国民に贅沢をさせておくと、どこの国も占領しにくいという自衛隊百万以上の防備力になるのである。言いすぎかな。(1973.11.14) (1973.12「心に満つるより」No.3より)
母の日を迎えて
今日は母の日です。私は自分の母を思い出して、感慨にふけっています。 私の母は釘宮ツギ、長女の次に生まれたので、祖父は何の深い考えもなく「次に生まれた子だからツギ」と名をつけたものらしい。ご本人は多少イヤだったのでないかと思われる。 そこで四十歳の頃だったのですが、当時大分市の大手町に住んでいた、ちょうど直ぐ向かいの家の主人が姓名学の会を始めた時、早速自分の名を変えて貰おうと頼みこんだのです。その日本姓名学会といういかめしい名前の本部の先生か選んでくれた名前がなんと「希和」です。これには母も大喜び、自分の信仰にぴったりの名前。つまり、「希望と平和、これだ、これだ、これは良い」という訳、早速、親族や信仰の友達に改名の通知を出して使い始めたのです。 私も母に勧められて名前を変えましたが、良典(よしのり)という名です。私はしばらく使いましたが、イヤになって止めました。 尤も私の本名の「義人」という名も元々、私自身、名前が重荷でしたので喜んで早速変えていたのです。「義人」という名は学校などでは、よく先生あたりから「ギジン」と呼ばれて「俺、義人じゃないよ、心は汚れているよ」とショックを受けていたのです。 とは言え、良典という名にもなじめませんでした。よく考えると、やはり義人が良い、「義人は信仰により生くべし」だ、「義人で行こう」と思い直したのです。 私の心は汚れている。決して義人じゃない。しかし、聖書に従い、信仰によって義とされているのだ、義人で良いではないか、大胆に使おう、と心を決めたのです。 義人という私の名は少年期から青年期にかけて随分重荷でした。しかし、信仰が確定してからは、賛美でした、嬉しいでした。私は大胆に「私は義人だ」と宣言できる確信を持つことが出来るのですから、これは素晴らしいことです。 しかし、母は前述のとおり喜んで「希和」という名を生涯使いとおしました。お気に入りだったのです。 母が四十歳代の頃だったでしょうか。私の青年前期です。母が毎朝、早く大分川のほとりに言って祈った時期がありました。 信仰の確信を求めていたのでしょう。半年ほどして、その朝の祈りから帰って来るや否や、私を抱き止めて、「義人、義人、信仰が分かったんだよ、母ちゃんは、イエス様に救われているんだよ。それが、はっきり分かったんだよ、母ちゃんは。今朝、祈っててね、神様がおっしゃって下さったのだよ」 私は子供心に「信仰とは、こうもはっきりと起きてくるものか」とびっくりして母を見守ったものです。いわゆる「回心」と言われる信仰経験を私は初めて客観的に見た訳です。その日から母は確かに変わりました。 それ迄は、得てして落ち込みがち、不安になったり、悲しんだり、その母が急に明るく大胆に言葉も行動も変わりました。父が死んで以後、家業の農家相手の肥料小売商だったのですが、一応番頭さんに任せてあるものの、店の主人として責任を負う重荷に耐えかねる時もあっただろう、ところがその時から母は毅然とした態度で番頭さんに応対し、時にピシリと命令らしきことを、しかし女性らしく柔らかく物言いをする人になりました、子供の私にもそれが分かるのです。 後日、私が戦時中、非戦論と召集拒否で裁判にかけられ、刑務所に送られた時にも、身分を束縛されている私に衣類や食べ物を差し入れする仕事は厄介なことだったでしょうが、母は難なくやり遂げたのです。戦時中の非国民の息子に差し入れに来る老齢の母親に刑務所の役人たちは案外に親切だったそうです。 戦争中、非戦主義で牢屋入りした息子の母親を見舞に来る人は少なかったのです。気の弱い信者諸君は恐れて私の留守宅を訪ねかねたのでした。母も淋しかったでしょう。しかし、頑張ってくれました。私が福岡の刑務所に送られてからも、何度か福岡まで面会に来てくれましたね。 母は父が死んでから、特に信仰が強くなったように思えます。伯父が編んでくれた父の遺稿集がありますが、その遺稿集の文章が母には良い信仰の励ましとなったようです。母は父を本当に信仰の人として尊敬していました。 父の残した内村先生の本などを読んで、感激して吐息をついて本を伏せて休んでいることがよくありましたが、今思えば、女性としてはかなりの読書家でしたね。 父親の信仰も、母親の信仰も、子供にとっては共に影響は大きいですが、特に母の信仰は心情的な影響が深いように思います。「母の日」というのは、単に「母なる人の恩を想う日」ではなくて、「母なる人よ、誠に良き強き母になれかし」という日ではあるまいかと、思う。 すべて、世の母なる人よ、「良き強き母になれかし」とお薦めしたい。「是非、是非、良き強き母になれかし」と。(釘宮)
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